貧困学の確立:分断を超えて

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社会的背景

日本の貧困率は15.4%であり、国民の6人に1人が貧困状態にある(厚生労働省,2019)。しかしながら、日本において貧困は、1960年代から2010年の約50年間、忘れられた社会課題であった。高度成長期以降、貧困は解決されたものと理解され、1965年を最後に政府は貧困率を発表しなくなり、学術分野においても、日本の貧困は研究対象ではなくなった。社会学においては、社会階層論が発展を遂げたが、低階層の人々の生活や就労、健康、教育などに着目する研究は少なかった。生活困難を研究の対象とする社会福祉学においても、貧困はホームレスの人々や母子世帯といった特殊な属性の人々の問題と捉えられ、教科書からも「貧困」の文字が消えた。ましてや、教育学、経済学、公衆衛生学、心理学、栄養学などの分野においては、一般人口の中に貧困者がいることが想定されていなかった。

状況が変化するのが、2008-9年の金融危機と政権交代である。2009年、厚生労働省は44年振りに貧困率を公表した。2010年代以降は学術的関心も高まり、様々な学術分野においても、説明要因の一つとして貧困が追加されるようになった。これにより、貧困とさまざまな事象(低学力、健康状態、孤立、問題行動など)との関連(一部では因果関係)が統計的に明らかになってきた。しかしながら、日本の貧困研究は未だに存続の危機にある。

その理由は、まず、ホームレス研究など一部を除いては50年間貧困研究が継承されてきておらず、貧困が個別の研究者の関心に留まっており、各分野の極めてマイナーなトピックに過ぎないことがある。貧困は、学科の中でも科目の一つとしても扱われず、学部教育や大学院教育の中でも位置付けられていない。そのため、貧困への関心が薄れれば再び「忘れられる」可能性が高い。第二に、貧困に関して研究する研究者が各学術分野で分断されており、交流が少なく、貧困は極めて複合的な問題であるのに自分の学術分野の中でしか貧困を見れていない。第三に、過去40年間の欧米における貧困測定の精緻化についていっておらず、それぞれの研究者が場当たり的に貧困を定義し、貧困の曖昧な理解で終わっている。そのため、貧困は一つの「変数」でしかなく、貧困の多角的側面やそれらの交互作用など貧困の事象の理解に繋がっていない。欧米においては、学際的な研究者集団を抱えたPoverty Researchに特化する研究所が多数存在し、各国の貧困政策のEBPMを担うブレーンとなっているのに対し、日本ではそのような研究所が皆無であり、横のつながりもないため、ようやく育ってきた貧困に関心を持つ院生達は、ガラスの天井ならぬガラスの壁に囲まれている状況である。